1年後の約束

最近色々忙しく、休日も野暮用でほとんど潰れており、ブログを更新する気力さえ失われていた。前回の記事が3/22だから、丸々1ヶ月以上ほったらかしにしといたってわけだ。皆様恐らく、このブログは終わったと思ったことだろう(~_~;)

どっこい生きていたんだな(笑) 今回の記事を書くのを待っていたのだ。

昨年の5月、ある残念な出来事が起こった。記事にも書いたが、ポール・マッカートニーの国立競技場のチケットを手にしていながら、本人急病のために流れてしまった、例のあれだ。当日、千駄ヶ谷駅到着直前に、コンサート中止を告げる無情にして異例の車内アナウンスによって、あっけなく消し飛んでしまった私のポールの生観賞。チケットを取ってくれた友人K氏と共に新宿で中古CD買って帰るという不毛な終わり方をしてしまったあの日・・・。

あれから1年。「必ず戻る」という言葉通り、サー・ジェイムズ・ポール・マッカートニーは本当に戻ってきた。この事実を知ったのが、またもやK氏情報。1月末、ポールが再来日するけど行くか?と打診のメールが届く。1も2もなくOKするとK氏はチケットの抽選に申し込んだ。そして2/14、当選の知らせが届く。うをーーー! 2匹目のドジョウならず、2回目のチケットはないかもなァ~と、半ば諦め半分で待っていたが、当選してしまったよ 私もK氏もおっかなびっくりだったが、取れちゃった。やったぜベイビー☆ 今度こそは、ビートルズ歴30年にしてついにポール・マッカートニーの歌声をついに生で聴けるんだなあ~と、ある種の感慨やらセンチメンタリズムが湧き出る。

そして4/27、当日を迎える。行先は東京ドームだ。

御茶ノ水駅でK氏と待ち合わせ。K氏が行きたいということで、駅からすぐ近くのすこぶる狭隘な路地にある、“ミロ”なる滅法昭和な喫茶店へ赴く。

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店も昭和なら、私らがオーダーしたコーヒーもサンドイッチもがっつり昭和だったわ。でも、私自身昭和な奴なんでこういうノリはまったく嫌いじゃない。むしろ、こういう絶滅危惧種的な店舗の方が惹かれるものがあるね。私の地元にもこれに匹敵するくらいの昭和な店があるが、なかなか1人だと行く勇気も機会もない(^_^;)

軽く腹ごしらえしたのち、外堀通りを歩いて水道橋は東京ドームへ・・。

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グッズを買おうにも売り場は既に長蛇の列なんであっさり諦める。並んでたら入場がギリギリになってしまう。ロビーに入ったらそこにも小っちゃいグッズ売り場があり、ガラガラだったのでそこでお土産買って席へ向かう。私らが座った席は1階3塁側の14列目だった。グラウンドからはかなり近いが、バックスクリーン辺りに設けられたステージからはちょっと微妙な距離だった。しかし2階席なんかに比べりゃ全然よかろう。1階で双眼鏡使ってやっとだったので、2階じゃ絶望的かも。

開演まで暫し席で待っていたわけだが、なかなか席が埋まってこないから空席が結構出るかと思いきや、開演直前にはこの有様↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

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まさしく満員御礼!未だかつてこんなに客が入ったコンサートに来たことがない。日本におけるポールの、そしてビートルズの底力を見た気がするね。さすがである。客層も老若男女入り乱れ(笑) ビートルズのリアルタイム世代のおじさんおばさんはもちろん、アリーナ席に内田裕也(!)、そして高校生くらいの子も結構見かけた。聴いてるんだな~、ああいう若い子たちが。だって、現在高校生っつったら親は私とほぼ同世代のはずだが、誰の影響なんだろ?私みたいなビートルズ・ファンの親父やおかんの子たちなんだろうか??(~_~;) 私は未婚で当然子供もいないが、もしわが子が自分が好きだったビートルズとかツェッペリンを聴いてくれてたら嬉しいだろうなあ、うん。

開演時間は18:30のはずだったが、30分ほど押して19:00くらい・・ついにポール・マッカートニーその人がステージに現れた。抱えた楽器は、かのヘフナーのベースである。“マジカル・ミステリー・ツアー”で始まった怒涛の2時間45分、アンコール実に3回!! …この日、私は泣いてしまうだろうと思っていたのだが、幸い(?)泣かずに済んだ(笑)。なんだか、目の前に本物のポール・マッカートニーがいるという実感が湧かなかったというか、妙な感じだったよ。自分でも驚くくらい、異常に冷静でいられた。1度も立ち上がらなかったしね。しかし目の前で「サイコー!」と言いながら歌っているのは、紛れもなく私が長年憧憬の念を抱き続けてきた、ポール・マッカートニー本人である。なんだろねこれは? 場の雰囲気に馴染めなかったってことなのかな?? と言いつつも、喉が疲れるくらい歌ってしまったんだけど もう、6曲目の“ペイパーバック・ライター”あたりから、知ってる曲が出てきたらほとんど歌っていた(大笑)

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いや~、でもポール若いな~。顔はだいぶ弛んじゃったけど、歌声はもちろん立ち姿とか動きとか雰囲気が若いんだよね。見てて「この人かっこいいなぁ~」って素直に思えたもん。うちのヲヤヂとほぼ同じ年齢なんだが、ただのおっさんとスーパースターでは、年の取り方が違うなと思わざるを得なかった。ベージュのジャケットに白いシャツ、黒のパンツ、黒のブーツという極めてオーソドックスな衣装だったが、ポールが着ているとえらいサマになるのよね。そんで志村けんが言っていた通り、水を全然飲まないんだなこれが。普通はアンプの上とかにミネラルウォーター置いておくじゃん。それがないのよ。ひたすら歌うか喋ってるかどっちか。ポールは若き日のシルヴァー・ビートルズ時代、ハンブルクでオールナイト・ギグをガンガンこなしていたから、2.5hくらいのライヴじゃあなんともないのかもしれないね。それにしても年齢を考えれば驚異的だ。普通はやれないっしょ。

個人的に印象に残った曲は、ジョージの“サムシング”。“アビィ・ロード”のヴァージョンを普通になぞるんじゃなくて、ウクレレの弾き語りで始まるの。それからジワジワと正調に戻るわけ。これがなんとも痺れたね。ぶっちゃけ、私にとって“サムシング”はそれほど思い入れのある曲ではないんだが、このポールのヴァージョンは妙によかったわ。あと、“ブラックバード”もよかった~。ステージ左右に巨大モニターがあって、それにポールが映し出されるんだが、弾いてる右手のアップで、あの独特のフィンガー・ピッキングを検証することができた。YouTubeとかではしばしば取り上げられるネタであるが、ポールはどうやってアコギを弾いているか・・・彼は所謂通常のアルペジオを行わず、親指と人差し指でアコギを弾くんだわ。私はそんなの知らず、普通にアルペジオで“ブラックバード”をコピーしていたが、ポールってば全然違う弾き方してんのよ。人差し指をストローク気味に使う。それであの“味”が生まれているらしい。そんで極め付きが“ヘイ・ジュード”の合唱。ポールが「ダンシー!」と「ジョシー!」という風に煽って、♪ DA DA DA~ Hey Judeの例のコーラスを男性女性で分けて歌わせんの。ダニー・ハサウェイのライヴでの必殺ナンバー、“ゲットー”を思い出してしまった。もちろん私も歌いました

アンコールを終えて最後に「マタアイマショウ!」と言ってステージを後にしたポール。私とK氏は、多分これが最後だろうと読んで今回チケットをゲットしたわけだが、なんだかあんなに元気だと本当にまた来そうだなあ、ポール(笑) いずれにしろ、いつまでも元気でいてほしいものよ。今回生で見て泣かなかったけど、彼の訃報を聞いたときは泣いてしまうかもしれない(勝手に殺すなっての)。

いつだったか、結構前のインタビューで彼「バンドはとにかく最高だ。バンドがあればロールスロイスなんかいらないよ。」ってなことを言っていたが、恐らくこれは本心だろう。生粋のパフォーマーなんだな、やっぱ。

この記事へのコメント

にらたま
2015年05月28日 00:01
私の両親も行ってきましたよ。
未だ興奮覚めやらず、な毎日です。
やっぱり、ビートルズ、ポールは神だ。
2015年05月29日 21:09
にらたまさーん!お久しぶりどす~☆

いや~、ここんとこめっっきりブログを更新できなくなっちゃってて、皆様の記憶からこのブログの存在が消滅しかかっていることだと思います(^_^;)

今しがた久々にPCを立ち上げたら、なんとにらたまさんのコメがあるではないですか ありがたき幸せ。

にらたまさんのご両親もポール好きなんですか。というか、もしかしてビートルズ・リアルタイム世代?? かっこよかったですよーポール!「時代を作って、世界中に愛された天才」を見てきたという実感を、今更感じてます。見てる最中はなんだか、本物のポールが目の前で歌ってるという実感が湧かなくて、ミョ~な気分でした(笑) なんなんでしょうねえ いささか、もったいないことをした気分。

話は変わりますがつい先日、当ブログに時々登場していた会社のSさんが急逝してしまい、悲嘆しているGINOなんです。仲の良い人が突然亡くなると、こういう気持ちになるんだなと思い知りました‥。

にらたまさんも、くれぐれもご自愛くださいませ

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